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るーと4歳 


4年前に産まれた子が、もう4歳。月日が経つのは早い早い。
以前、よそ様のHPで、産まれた年がオリンピック…という話を読んだ。
4年に1回あるわけだから、4人に1人はオリンピック開催年生まれと
いうことに。その時初めて気づいたのだけれど、私とずむ君は同い年で
共にミュンヘン、るーとはアテネ、第二子は北京……おお!五輪家族!
もちろん狙ったわけでもなく、何か特典があるわけでもないけれど、
ちょっとした共通点は嬉しい。(ずむ君は「フーン、あっそう」だけだった)

ここで少し、4年前の出産を振り返って……
※長くなるので興味をお持ちの方だけ、ご覧ください。
るーとは予定日を5日過ぎて産まれた。
予定日の1ヶ月ほど前から、診察のたびに「子宮口が開いてきている」
「赤ちゃんが下がってきている」「出産が早くなるかも」と言われていた。
当時もガンガン歩いていたこともあり、あっさりスッポ~ンと産めることを
信じて疑わなかった。ところが、予定日を過ぎても兆候がない。
「予定日だけど、調子どう?」「予定日過ぎたね、もう産まれた?」
催促されているわけではないとわかりつつ、親兄弟や友人から様子伺い
の連絡をもらうたび、「まだ」の返事をするのが苦痛にさえなってきた。
そもそもの間違いは、「予定日より早まるに違いない」と思いこんで
しまったことにある。

予定日を2日過ぎた日の朝、“おしるし”(少量の出血)が見られた。
昼頃になると、下腹部にじんわりと痛みを感じるようになった。
夕方近くになると、じんわりした痛みが10分から15分おきに訪れる
ようになり、「いよいよ来たーーー!」と喜んだ。が、喜んだのも束の間、
破水が始まった。ちょろちょろとだが、水が出てくる。病院に電話を入れ、
向かう車の中で親兄弟・友人に「破水しました。病院に行きます」と
電話やメールを入れた。26日の夜9時頃だった。今夜中か、日にちが
変わった頃には産まれると、その時、誰も疑っていなかった。
しかし、しかし、るーとの誕生日は29日……3日後!(T▽T)

子宮口が全開(10cm)近くになるまで、分娩室横の分娩待機室で
待機する。病院に着いて診察を受けた時点で、子宮口は2cm。
じんわり陣痛があり、破水しているのに、2cm…あれれ?と、その時は
意外に思った。医師もすぐには出産は始まらないと判断したが、
微弱陣痛だけならともかく、子宮の一部が破れて羊水が出続けている
状態が続いているので、菌が入らないよう抗生剤の点滴が始まった。
紙のパンツに、オムツのようなパットを装着。
翌27日になっても状態は変わらず、微弱陣痛のままだったので、
陣痛促進剤を投与。陣痛の波と、胎児の心音を測る測定器を
腹周りにベルトで固定された。点滴と腹部のベルト、この状態で
28日を迎えたが、陣痛は少しずつだが痛みを増していったものの、
子宮口の開きはイマイチ。そこで、2本目の促進剤を投与。
その日の昼食が来なかったので、ベテラン風の看護師に確認
すると、「お産が進んでいるので昼食は控えた」とこのこと。
お!では、今日には産まれるのか!!!

夕方になり定期的な痛みを「ク、ク、クゥ…」と、堪えるようになった頃、
看護師がずむ君に電話を入れて病院に呼んだ。
この時点で、「28日誕生日」を疑わなかったわけだけれど、
どうにもこうにも、子宮口が開かない。痛いのに、破水も続いて
いるのに、促進剤も打っているのに、検診に来た医師は
「う~ん、多めに見て、4cmだなー」とノンキなことしか言わない。
29日に日付が変わった夜中は、痛みで寝ていられなかった。
点滴と腹部ベルトに陣痛、「暑い、室温下げて…」「寒い…室温
上げて…」体温調節もままならず、常に冷や汗だか脂汗だかを
かき続けていた。家を出る前に、身体をきれいにしようと浴びた
シャワーの意味なんて、3日も過ぎては全く無い。
明け方、とうとう私は看護師に泣きついた。
「もう…もう…帝王切開にしてください……」
数分置きに陣痛の波が来ると、計測器の針がグイーンと
伸びあがって用紙に線グラフを描く。すると、胎児の心拍が
バラバラと乱れる。破水し続け、陣痛が長引くのは、母体だけ
でなく、胎児にとっても苦しいことなのだ。

でも看護師は「もう少し頑張ってください。少しずつでも進んでい
ますから、ね?」と、それはもう、優しく優しくなぐさめてくれるだけ。
少しずつ、少しずつって……
少しずつ過ぎて、もう分娩待機室に3日だよ!
“待機”じゃないよ“滞在”だよ!ウワァアアアン(T□T)

子供のようにオイオイ泣く私を見て、一晩ソファで待機し続けたずむ君は
「こら、アカン。点滴引き抜いて脱走するかもしらへん」と思ったそうだ。
(後日談)

朝7時すぎ、回診に来た医師が「う~ん…子宮口は7、8cmってとこ
やなぁ。少し早いけれど、分娩室に移動しとこか?」と言った。
分娩室!分娩室!待ちに待った、分ッ・娩ッ・室ッ!!!!
錯乱状態に陥りかけたいた意識が、すっと晴れた。
「大丈夫ですか?ゆっくりでいいですから」支えてくれた看護師が
心配そうにしたが、大丈夫だった。見た目にはヨレヨレボロボロでも
この時ほど、神経が冴えわたり、冷静だった時はなかったと思う。
7時半すぎ、医師が「きっとお昼ぐらいには出産が始まると思うから
頑張ってね」と言って、分娩室を出て行った。
昼…?昼だと……?もう待たない、産むよ……わたしゃ、産むよ!!!
もともと胎児とは同体だけれど、この時、心も同じになれたように思う。
みるみる子宮口が開き、バタバタと助産師がお産に取りかかる準備を
始めた。「先生呼んできて!」助産師から、いきみOKの許可も下りた。
これまでの先の見えない苦しさを思えば、胎児が産道をくぐろうとする
痛みなんて、なんてことはなかった。いきみの1回1回ごとに、胎児も
進んでいくのがわかった。「上手、上手!いきみが上手!」
助産師や看護師の声援を受け、内心ニンマリとした。

「は、はやかったね……」医師が手袋をしながら分娩室に入ってきた。
「頭見えてきたよ~、……はい、出てきた!いきみを止めて!」
ボコンと頭が出た感触。次にボコン、ボコンと続けて2回衝撃を感じた。
頭が出ると、胎児は体を反回転させ、ひとつずつ肩を出すそうだが、
本当にその通りだと産みながら思った。その後は、ニョロロロロと凹凸の
あるものが一気に流れ出る感覚が。冷静に、自分のお産を感じていた。
医師が両手に胎児を抱えようとしたとき、立会出産で隣に立つずむ君に
目をやった。ポカーンと様子を見ている。見ているのはいいけれど、
カメラ、カメラ!ずむ君の腕をつつき、「撮って撮って!」と声をかけた。
我に返ったようにカメラのスイッチを入れようとするが、もたついて
なかなか構えられないでいる。「貸して!」へその緒でつながった
ままの赤ん坊の写真を撮ったのは、産後数十秒後の私だった。
分娩室に移ってからの1時間は、頭のてっぺんから足の先まで、
人間が変わったかのように冴えわたっていた。

オンギャオンギャと大声で泣く赤ん坊を見て、私は「やっと会えたね」と
言った。言ったけれど、心の中では別のことを思っていた。
産んでいる最中も思ったことだけれど、「私はなぜこの子を産むのか?
私から離すために産んでいるのではいか」ということだった。
「離すために産んだ」……
産んだ瞬間、喜びで満たされる時に、そんな悲しいことを思うなんて、
と後に話をした妹は眉をしかめたけれど、感傷的だったわけではない。
その思いは4年経った今も変わっていない。るーとを愛おしく思って
抱きしめる時など、より強く「離すために、今、抱いている」と感じる。
鳥のヒナが巣立つような、タンポポの綿毛が風に飛ばされていくような、
そんな感覚を、胎内にいた我が子が出て行く時に感じ取ってしまった。
動物的な本能だからだろうか。自分から離すために子供を産むこと、
離すために愛し育むことには、不思議と淋しさを伴わずにいられる。

るーとの時の出産を、次回(10月末予定)に活かすならば、
(1)出産が早くなるか遅くなるか、事前に判断(思い込みは)しない。
(2)出産前日の昼食から3食抜いたことになり、体力と体重がガタ落ち
してしまったので、食べられるうちに(自分の判断で)食べておく。
(3)ひょっとして次も、分娩待機が長くなるかもしれないと、心の隅で
覚悟しておく。次こそは!などと、決して意気込まない。
……以上の3点だろうか。

息子るーと、4歳の誕生日。
こんな私のもとに、4年前産まれてくれて、ありがとう。
こんな私のもとで、4年間育ってくれて、ありがとう。
(今さらながらの長文出産体験記を読んでくださった方、ありがとう)

コメント

■koo様■

どうもありがとうございます(*^。^*)
誕生当初から、るーとの成長を見て下さっていて……
もう4年(以上)のお付き合いになるんですね~。
写真の話など、イロイロしましたっけ♪(しみじみ)
実際の親戚より知ってくれていることは、間違いなしです!(笑)

なるほどなるほど!夏季五輪に冬季五輪にW杯に……
考えたら記念になる年というのはいろいろあるんですよね。
そっか、kooさんはモントリオールか~…(って、いつだっけ!!!?)

母子分離に時間がかかっちゃった分だけ、いろいろ思うことがあった
んだろうと。サクッと産んでいたら、感じ得なかった事かもしれません。

またここで、無事出産…の報告ができるよう、がんばります(^_^*)

お誕生日おめでとう

遅くなりましたがるーとくんお誕生日おめでとう♪
もう4歳になったんだね。
るーとくん出産のお知らせは本当に突然だったので、本当にびっくりしたけどそれがもう4年も前のことなんて!早いものですね。

ゆんさん一家には一度もお会いしたことが無いのに親戚の子供たちよりずっと見ている気がする・・・不思議な感覚です。

そういえば私もモントリオール大会の年生まれなんですよ。弟は4つ離れているし・・・夏季五輪の周期にはまっているんですね。

るーとくん誕生秘話、そーだったんだぁって感じ入りながら読ませていただきました。3日もよく頑張りましたね母子ともに。
「離すために愛する」深い言葉ですね。そしてそれならば淋しくないって・・・私も母親になったら分かるんでしょうか。
改めて出産って貴重な体験だなって思いました。

るーとくんも今度生まれる赤ちゃんも健やかに成長してくれることをこれからもネットを通じて見守らせてください。

■sakoさんへ■

sakoさん、こんにちは♪
五輪家族、少数でしょうか???もっと自慢していいのかな(笑)
分娩室に入るまでは本当にしんどくて「難産」という感じ
だったのですが、分娩室の一時間はワタシ的には「安産」でした。
かけられた声や感じたこと、不思議なほど鮮明に覚えています。

食べなさ過ぎもダメですけど、食べ過ぎてもいけないんですね~!
sakoさん、陣痛の合間にピザとはまた、ずいぶん濃いところを
いきましたね(笑)次回長引きそうなら、栄養ドリンク
(栄養ゼリーあたり)を差し入れてもらうようにします。

4歳なり立てのるーと共々、またよろしくお願いします(^v^)

■ユウママさんへ■

ユウママさん、こんにちは。お久しぶりです(^▽^)
お祝いのお言葉、どうもありがとうございます!
ユウママさんの息子さんはもうずいぶん大きく…というより
大人になられましたよね。るーとが4歳ですから。
もう4歳orまだ4歳でも、「今だけ」のことを、いくつ卒業したか…
誕生当時のことはしっかり覚えていますが、すごく昔の出来事
だったような気がします。
ユウママさんぐらいに熟練された頃、しみじみ振り返る子育て…と
いうのはどんなものだろうと、今から楽しみです(^^)

秋!2ヶ月後!
高齢出産になるので、過信しないよう謙虚に頑張ります(^◇^;)

お久しぶりですこんにちは!
るーとくん、4歳のお誕生日おめでとう!
五輪家族、なかなかないですよ~~
出産、かなり大変だったのですね、だけどかなり詳細に冷静に覚えていらっしゃってすごいです。
私も陣痛の合間、体力をつけなければとピザをほおばりました、その結果食べ過ぎたのかピザがいけなかったのか本格的な陣痛のときもどしてしまいました。食べすぎには気をつけてくださいねっ
4歳のるーとくん、お兄ちゃんになったりこれからまた一年が、楽しみです!

お久しぶりです

るーと君 お誕生日おめでとうございますv-237

とても感動しました。
いつか 離れてゆくからこそ 「今」ギュッと。。。
私は出来たのかな?

お若いのに いつも冷静で でもいつも熱い確固たる考えをお持ちのゆんさん。
すばらしいお母さんです。嬉しくなります。
秋には お二人目の出産との事 おめでとうございます。
頑張ってください。

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