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砂の船と汽車 


近所の公園に新しい砂場が出来た。
砂もサラサラとしてキレイ♪
型に湿った砂を詰めて、「せーの」でひっくり返すと、砂の船と汽車
が出来るのだけど、るーとにはまだ出来ない。
「たーたん(お母さん)がやってみて。もっといっぱいやってみて」
と言うもんだから、指示のままにせっせと作って並べていった。
私は大人だから無難に作れるけれど、それでも1個2個と作るごとに
上達していくのがわかった。“型の角に砂をしっかり詰めたら、
シャープに仕上がる”とか、“力任せに詰め込んだら、逆に抜き
にくい”とか。



しばらく置くと、湿った砂の表面が乾いて白くなり始めた。
帰り際、るーとに潰されるかな?と思っていたら、「たーたん、これ
は踏んじゃダメだから。大事にね」と逆に「保存」を要求するでは
ないか。「お船とシュッポ(汽車)、ばいば~い」と手を振り、
砂場を後にした。皆が遊ぶ砂場だから、ずっとこのままというわけに
はいかない。1、2時間持てばいい方だろう。

子供の遊びで、後々まで形として残るものは少ない。形に残らない
ものが、どんな風にるーとの中に積み重なっていくのか……
今日で2歳10ヶ月、あと2ヶ月で3歳。楽しみは尽きない。
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緑の手の人 


ひょんなことから、友達になった女性がいる。友達歴、2ヶ月。
年齢は聞いていないが、おそらく50台前後で、同じマンションで
愛犬と一緒に暮らしている。1人と1匹暮らし。
挨拶程度の会話しか交わしたことがなかったが、時々お茶をしたり、
たくさんいただいた物をおすそ分けしたりと、気遣いのない、程よい
距離を保った“ご近所付き合い”をさせてもらっている。

その方は植物を育てるのが上手で、本人いわく「水遣り以外、何も
してない」そうだが、玄関先にも室内にもベランダにも、あらゆる
緑が活き活きと成長している。「環境が(植物に)合ってるみたい」
と言っていたが、私が思うに、彼女は「緑の手」を持つ人だ。
子供の頃に読んだ漫画にあったのだが、「緑の手」を持つ人は、
植物や動物や子供を上手に育てられる人で、「火の手」の人は
どんなに頑張っても枯らせてしまい、生き物を育てるのには
向かないという話。

彼女は「水遣り以外何もしていない」と言っていたが、「植物は
可愛いから毎日話しかけてるのよ」「誤って枝をポキンと折って
しまっても、かわいそうで捨てられないの。で、そういう枝を土に
挿しておいたらどんどん成長して」などなど、緑の手の人ならでは
の優しさが、会話から伝わってきた。
要は、優しさ。
植物の声が聞けるか、動物の声が聞けるか、子供の声が聞けるか。
「緑の手」も「火の手」も、声なき声に耳を傾け心を添わせられる
かどうかが、「優しさ」となって手に現れるのではないか。

私には無い手だな…と思っていたら、「サンセベリアの嫁入り先を
探しているんだけど、ゆんさん、いかが?」とのメールをもらった。
迷った。迷ったが、憧れの方が勝った。
マイナスイオンを発生させるとかで、一時ブームとなった植物だが、
「ウシシシ…空気を浄化してもらおう」なんて期待はしていない。
私の手の指の1本でも2本でも、彼女のような「緑の手」になって
くれたらと思い、株分けされた立派なサンセベリアをいただいた。

ウチの子になってもらったからには、弱音は見せない、吐かない。
心の耳をピンと立てて育てよう。

私たち家族の港 


昨日、神戸へ行ったのは、観光や買物目的ではなかった。
神戸メリケンオリエンタルホテル内のバイキングレストランで
待ち合わせをしていたから。



ここ4年ほどで、神戸港周辺を訪れる機会がぐんと増えた。
理由は、私の妹がホテル勤務だったから。
神戸に遊びに行ったら、妹に会える!それは私にとっても、叔母が
好きなるーとにとっても大きな楽しみだった。
過去形なのは、ここで働く姿の妹を見るのも今日で最後だから……
職場を辞めた妹は、再来月にはカナダへ旅立つ。
皆でよく食事をしたレストランで、“お別れ会”といった感じで、
早番の仕事を終えた妹と合流した。湿っぽさのカケラもなく、楽しく
美味しく、海の見える窓際の席で2時間弱を過ごした。



雨は降ったり止んだりで、日が暮れてからも六甲山には白いモヤが。
宿泊の旅行客らしい老夫婦が私の隣にやってきて、「やはり神戸の
海はいい!」と何度も口にしていた。神戸と同じ港町の横浜からの
宿泊客の中にも、神戸の港を好む人がけっこういるらしい。(妹談)
その気持ち、よくわかる。横浜ベイエリアは、大きすぎて変化し
すぎて、訪れる度に懐かしむ気持ちが薄れてしまうのだ。



若くても中年になっても老年になっても、みんなが「ええなあ」
「きれいやな」と思えるところが、神戸港の魅力。
そんな神戸のことを、るーとが忘れてしまうのは淋しいから、
妹がいなくなっても時々は遊びに来よう。
私たち家族の中での港は、この場所、神戸港だと思うから。

夕方から神戸 


約半年ぶりの神戸ハーバーランドへ。
阪急で買物をした後、キャナルガーデンへ……
6/22~7/31、印象派のモデルによるガーデンミュージアムが開催され
ると新聞で読んだ。あった、あった!東側入口すぐのところにある
ドガの踊り子は人気のお嬢さんで、クルクル回る姿のベストショット
を狙ってケータイカメラを向けている人、多数。



私は印象派モデルより、こっちが見たかった!
4/1~6/30まで展示されている、巨大モナリザ。高さ2mの立体像の
表面は、60,000個のボタンで彩られている。瞳が色を変えて光るので
小さい子はけっこう怖がっていたが、親に無理矢理写真を撮られて
いた。(↑モナリザが気になって、チラチラ振り返る女の子)
母が洋裁をやっているので、子供の頃はボタン屋さんなるものに
ついていったことがあった。色・形・大きさが様々で、壁一面に並べ
られた膨大な数のボタンに圧倒されたことを思い出した。生地屋さん
はあまり興味がわかなかったが、ボタン屋さんは面白くて好きだった。



先月末、陣内&紀香カップルが挙式した、ホテルオークラ方面。
大雨だったり、小雨だったり、止んだり……と気まぐれな天候の中、
コの字型の神戸港に沿って歩いた。もうすっかり歩き慣れた道だ。



「間もなく出航でーす!5時には戻ってこれまーす!」という、
観光船の客引きを断りながら、乗るなら帆船タイプがいいかな~なん
て思ったり。何度も来てるくせに、神戸港クルーズは未体験なのだ。



神戸メリケンオリエンタルホテル手前に係留していた船は、
宮崎海洋高等学校の実習船だった。校長か船長か、話を聞き入る生徒
たち。セーラースタイルじゃないのが個人的に残念。
船体に掲げられた「燃えろ海洋魂」の文字に、若さを感じた。
海中から湧き上がるような、情熱。いいねぇ、南国の高校生は!

キャナルガーデンからは、珍しく私ひとりきりの道中で、この先で、
ずむ君とるーとと待ち合わせをしている。待ち合わせメンバーは
プラスもう1人……続きはまた後日。

大人のりんご病 

※整形外科(1)・(2)の続き。

先月末、おかしな症状を訴えたのは、ずむ君だった。
「手足が赤くなってるねん。なんとなくかゆいような気もする…」
ひじから下とひざから下が真っ赤。均一に赤いのではなく、まだらに
日焼けしたような、ちょっと気持ちの悪い赤さだった。

「赤い」と「かゆい」で、私が先ず疑ったのが、ダニだった。
乳児期のるーとに、蚊とは違う虫刺され痕が多数見られた時期が
あって、その時に調べてみようと思って購入していたダニスキャンが
眠っていた。ダニがいると思われる場所(布団やカーペット)を
器具の先端にこすりつけ、液体薬をかけると、しばらくしてから
どれだけダニアレルゲンの汚染があるかを調べられるというもの。
ずむ布団を調べてみたら……汚染4段階の中で、2段階の「やや汚染
されています」という結果が出た。(1段階が汚染されていません、
で、4段階になると非常に汚染されています、となる)
1段階のダニゼロは無理だろうと思っていたが、2段階という軽さに
少しばかり拍子抜け。(ダニスキャン代がもったいなかったような)
ダニでないのか……原因不明のままだったが、ずむ君の手足の赤みは
3日ほどで消え、そのことを忘れた頃“赤くなった人”が現れた。



息子るーと。両方の頬が真っ赤に!
熱はない。頬が赤い以外の症状は一切なく、本人は元気そのもの。
この時「りんご病ってあったな~、頬が赤くなる病気だったような」
と思い上たり、本やネットでりんご病について調べてみた。
ウイルス感染によるもので、風邪症状が出る子供や、出ない子供など
それぞれらしい。潜伏期間は2週間で、りんご病とわかる症状が出る
ころには、感染力はなくなっていて、治療法はなく、自然治癒を
待つだけ……という、「どーしようもないやん」というツッコミを
入れたくなる病気のようだ。だって、りんご病とわかる前に、
感染したりさせたりしているわけだから、防ぎようがない。

小児科に行ったが、「自然に治りますよ」で終わってしまった。
そこでオマケが……るーとの手足の赤みを診てもらっている時、
ふと自分の腕が異様に赤いのに気が付いた。
「せ、せ、先生!私の手も赤いですっっっ」先生はチラリと私の腕を
見て即答、「ああ、お母さんもりんご病ですね」と笑った。
そこで思い出した、ずむ君の手足の赤み!アイツが我が家のりんご病
の感染元では?潜伏期間の差はあるだろうけれど、ずむ→るーと→
ゆんの順番でりんご病が判明した、というわけで。
これが我が家の、『家族そろって仲良くりんご病♪』の話だ(-_-;

主に子供がかかる病気だけれど、大人がかかると、子供のように頬が
赤くならず、手足にレース状の赤みが出て、むくみや関節痛を伴う
らしいのだ。るーとがいたから「大人のりんご病」だとわかった
けれど、そうでなかったら、原因不明の手足の赤みやだるさに
困り果てていたに違いない。「リウマチと思って整骨院に通う大人
もいる」というのにも納得だ。

私の手足が赤くなった頃、異様に足がだるくなった。台所に立って
いても、すぐに座りたくなり、片足ずつブラブラ振りながら
なんとかこなすという感じ。後でずむ君に聞くと、やはり同様に
3日ほど立ち仕事がつらかった時期があったらしい。
そして、むくみ。手足が赤くなって2日ほどして、朝起きると
自分の手がパンパンに膨れ上がっていた。指輪なんてひと目見て
入らん!と思ったし、何よりグーに握ることができない。
足もパンパンで、細身のサンダルが入らなくなっていた。

だるさと赤み→むくみ→そして、ひざの関節痛?
3週間も後を引いたとすると、治療法が無く最終的に自然治癒するに
しても、大人のりんご病というのは侮れる病気ではない。
整形外科に通った後は、少々ひざが痛いことがある、というぐらいで
普通に生活できるようになった。
一度、りんご病にかかると、大人も子供も免疫が出来て、再びかかる
ことは少ないそうだが……私はもう、こりごりですから~(T□T)

◇りんご病のポイント◇
りんご病症状が出る頃には、感染力がなくなっている。(ほっぺが
赤い子からはうつらないが、ほっぺが赤くなる前の子からはうつる)
妊娠初期に感染すると、流産などの危険があるそうなので、りんご病
が流行っている時は要注意。(と言っても、避けようがないけど)
大人のりんご病は、子供とは症状が違うので、他の病気と勘違いする
場合がある。私のように、予想以上に長引く場合がある。
自然治癒するので、大げさに考えない方がいい。私のように(-_-;

整形外科(2) 

受診の直前、理由はわからないが、あんなに痛かったひざの痛みが
消えていた。「でも、またぶり返すかもしれないし」と予定通り受診
した。触診、レントゲン、そして、診断!

「う~ん……」レントゲン写真を見て唸る医師。
一緒に見るが、私の目には“普通の骨の写真”にしか見えない。
ひざに抱えている爆弾はどこ?ドキドキしながら医師の言葉を待った。
医師「何もないんです」
ゆん「は……はあ???」
医師「何もね、痛みの原因となりそうなものがないんですよ。軟骨も
減っていないし、半月板に水がたまっているわけでもない。
きれいなひざです。これから悪くなりそうな兆候も一切ありません」
ゆん「ほ、ほ、ホンマですか!???」
ひざが(性格にはひざの骨)がキレイだと言われたのは人生初、
見てくれは悪くても骨はキレイなのかー……というと、骨美人?
そして、問診票に目を落とした医師は続けた。
「今月最初に“りんご病”にかかったとありますが……ふうむ、
“りんご病”……そんな病気があるんですねぇ」

問診票にりんご病のことを書いたのは、ひざの痛みとの因果関係は
わからないが、りんご病の症状が出た後に、一週間ぐらい手足の
むくみがひどく、特に足が疲れやすいことがあったから。
専門が違うと、“りんご病”などはご存知ないものなのか、と意外に
思いながら、「大人がりんご病にかかると、リウマチに似た症状が
出て勘違いして整骨院などを受診するケースがあるらしいです」と
補足してみた。「えっ、リウマチに似た症状!?それは、ちょっと
気になりますね!」と、パソコンで“りんご病”を検索し始めた。
「ありました。ウイルス感染ね……関節の痛みを伴う場合も……
ほお~、関節に出るようですね。治療法はなく自然と治る、とも
ありますね。今回の痛みはりんご病の可能性が考えられそうですね。
小児科や内科の先生ならよくご存知なんでしょうけれど」
念のため、痛み止めの飲み薬を処方してもらい、もしまた痛みが
出てきた場合、再受診するということで、病院を後にした。

骨や筋には問題なし。つまり、私が抱えていたはずの“ひざの爆弾”
は、幻だったということに。……へなへなと力が抜け、何度も深呼吸
を繰り返した。よかった、人並みに動ける!散歩ができる!将来、
るーとの運動会で一緒に走るという希望を捨てなくて済む!
『何でもないようなことが、幸せだったと思う』思う、思う!!!

ところで、前述の“りんご病”とは?
日記(ブログ)にはUPしてなかったけれど、今回のひざ痛に
関連しそうなので、タイトルを変え、明日のスペースに続けます。

整形外科(1) 


初めて、は緊張する。不安を伴っての“初めて”は、特にそうだ。
人生で初めて訪れた「整形外科」。
通院の理由は、ひざの痛み。

先週の金曜日から、猛烈に右ひざが痛み始めた。
歩くのが痛くて辛い。足の曲げ伸ばしが痛くて辛い。
スキーの時に使っていたサポーターや液体の関節痛薬を使用して
みたが、痛みは緩和されず。ズキズキというよりは、むず痒いような、
例えれば、ネチネチと耳元で嫌味を言われ続けるのを黙って聞くしか
ないような、ストレスを感じる痛み。

私は膝に爆弾を抱えてると、ずっと思っていた。
年に一、二度は痛むことがあったし、骨格の歪みの心配や、健康体を
維持する姿勢にも全く自信がなかった。母親が、若い頃登山で膝を
痛めた、という話も頭にあって、遺伝的にもひざは弱そうだと思って
いた。きっと老体になる前に、人から「えー、もう膝痛?」と驚かれ
るほど早く、その爆弾が破裂するだろうと思っていた。

今回の痛みで「とうとう、来たか」と思った。
軟骨が減っているのか、半月板に水がたまっているのか……
通院を続ける自分、毎日薬を飲む自分、杖をつく自分、車椅子に……
妄想を広げれば広げるほど、泣きたくなった。もう少し、爆弾の破裂
を先延ばしにして欲しかったと思った。覚悟を決めていたはずなのに。
早く受診したほうがいいに決まっているが、診断されるのが怖くて
腰が重くなった。6日間の痛みの末、やっと受診を決めた。

※長くなるので続きは翌日分として、後日UPします。

9年前の伝言文 


「チーズって言うて~」と言いながら、私に向かって“ある物”を
向けるるーと。カメラに見立てた物の正体、わかります?



今は無き、関西テレメッセージのポケットベル。略してポケベル。
これは私にとって2台目のポケベルで、契約してから1年ほどしか
使わなかったと記憶している。(ポケベル衰退期で、周囲が続々と
携帯電話に移行していた時期に契約。読みが甘かった……)

当時、電話機のテンキーをすごい速さで「ポケベル打ち」する女子
高生の姿をよく見かけた。公衆電話は引っ張りダコで、待ち合わせ
は、いつでもメッセージを送れる公衆電話の側が鉄則だった。



メッセージ記録は20件しかできない。電池を入れると、消えないように
ロックしていたメッセージが20件分現れる。
これらは全て、当時まだ“彼氏”だったずむ君からのメッセージだ。
9年前のメッセージ。……消すに消せまへんで!
「ダダイマ」と涙マークだったり、「サブレウマイ」と笑顔マーク
だったり。※お土産で鳩サブレをあげた時のものだと思われる。
簡易なメッセージしか遅れないポケベルは、筆まめでないずむ君には
ピッタリのツールだったと思う。

そんな時代物のポケベルが子供の手にピッタリ収まって、カメラ
ごっこをする日が来るなんて。当時は想像もつかなかった。
9年前のメッセージを眺めていると、「ふふふ」と顔が笑ってしまう。
面白いのとも恥ずかしいのとも違う「ふふふ」。
9年で「ふふふ」なら、この先、10年20年30年…と経てば、もっと
「ふふふ」が増して、「ふふふふふふふふふふふふ」になるかもしれ
ない。年齢を重ねた人にしか出来ない笑いとうものがある。
じんわりと深い笑み。
シワシワの手でポケベル操作をしながら、「ふふふ…」と笑える
おばあちゃんになれたら、幸せだろうなと思う。

夫婦テレパシー 


「帰りにパンだけお願い!」とずむ君にメールしたら、パンと一緒に
ホットケーキミックスも買って来た。「なんでかわからんけど、
買ってしまった。なんでやろ?」と首をひねるずむ君。

一昨日、私が買物に行った時、レジに並ぶ前に「ちょっと重いな…
どれか減らそう」と思って、カゴから外した商品がホットケーキ
ミックスだった。買えなかった……買えなかったよー……という
私のテレパシーが、2日経ってずむ君に届いたに違いない!!!
以心伝心?阿吽の呼吸?
ホットケーキミックスを手に、ひとり激しく感動した。



その晩のメニューは、卵とじうどんの鶏そぼろかけ。
我が家で夜にうどんを食べるのは珍しい。
たまには夜うどんもどうかな~、と思って作ったら、「イイッ!こう
いうのイイッ!グッチョーイス!」と、予想以上の好感触を得た。
以心伝心?阿吽の呼吸?
うどんを盛り付けながら、ひとり激しく感動した。

……2行ほど、コピー&ペーストの手抜き文でスミマセン。

九州鉄道の魅力 


ずむ君が図書館で借りてきた本の中にあった、本文全てにルビが
振られた子供向けの本、『ぼくは「つばめ」のデザイナー』。
※つばめ=九州新幹線800系つばめ。
「これはいいッ!ゆんさんも読んでみ、読んでみ!」と勧められて、
読んだ。文字も大きいので1時間もあれば読める。写真やデザイン画
も盛りだくさん。「ぬりえ」なんてページもある(笑)
……これ、面白~~~~い!!!
よく「九州の車両は良い」と聞く。先日、私たちに電車グッズを
くれた運転士さんも、九州鉄道を押している人の1人だった。

な・る・ほ・ど。こういうことだったんだ……

(GWに乗った岡山の路面電車「MOMO」も、この本の著者、
水戸岡氏のデザインだったとは!うわ~、驚いた!けど、納得!)

電車好きはもちろん、商業デザイン(建築やインテリアなどなど)に
興味ある人も楽しめること間違いなし!小学生から読めるだろう。
図書館で借りた本だが、自宅用に買おうかと思っているほど。
今は絵や写真しか理解しないるーとだけれど、大きくなったら
読んでもらいたい。その時、電車好きを継続していてもいなくても。

読み終えたら、無性に新幹線を見たくなった。
できることなら「つばめ」を見たいけれど、九州新幹線をそう簡単に
見ることはできない。妥協案で、鳥飼基地に走った。


ずらり並んだ新幹線、全部で16本ぐらいだろうか。
3分の1ほどしか写真には納まらない。(モノレールに乗車すると、
通過する際、基地の全貌が見下ろせるらしい)
敷地内は進入禁止で、何重にもフェンスがある。見に来るたび、
もっと見れそうなのに見れないジレンマに苦しむ。見に来てる人は
多いのだから、入場料を取って展望台でも作ってくれたらいいのに。
基地の南側からは、N700の側面を見ることができたけれど、
それ以外は、700系の中にちょこっと300系が混じっているだけなので
なんだか物足りない。

昨日・今日と開催されたN700の試乗会へは、応募してみたものの、
あえなく落選。でも今の私は、N700より「つばめ」に乗りたい!
「リレーつばめ」や「ソニック」や「かもめ」に乗りたい!
「ハウステンボス」や「ゆふいんの森」や「コミュータトレイン」や
「はやとの風」や「いさぶろう・しんぺい号」に乗ってみたい!!!

……全て、九州上陸を果たさねば、何ともならない話。関東や東北
からみたら、九州には近いけれど、それでも「じゃ、週末に♪」と
言える距離ではない。(時間もお金も)
九州民に沿岸部に集まってもらい、オールでわっせわっせと漕いで、
本州南部(和歌山沖あたり)に“九州まるごと”着岸してもらう!
なんて妄想を頭の中で広げている。自分が行けないから来てもらう、
なんてのは虫が良すぎる話だけど、妄想だから、許して♪

言葉に魂を 


よく蚊が出ることを除けば、夕暮れ時が好き。
シルエット化した町と、刻々と変化する光の対比が好き。
気持ち良さにつられ、どこまでも歩いて行きたくなるけれど、
今は家が私を待っている時間、帰らなければ。

“家”が何より大事だと思う。帰りたくなくなるような外での楽しい
時間はたまには必要だろうけれど、玄関のドアノブにかけた手に、
ためらいが出るような“家”にしてはいけない。家族の誰にとっても。
「ただいま」は、「帰れて嬉しい」。
「おかえり」は、「帰ってくれて嬉しい」。

私の気持ちがダウンしていた間、仕事から帰ったずむ君に対して、
形だけの「おかえり」しか言っていなかった。でも、るーとは違う。
「あっ、おとたん(お父さん)だ!おかえり~~~~~!」と
ちぎれんばかりに尻尾を振る子犬のように、迎えに走った。
2歳の息子の行動こそが、帰ってきた人にとって何より嬉しいもの
なのに。気持ちがダウンすることと、「おかえり・ただいま」を
おざなりに言うこととは関係ない。
魂の抜けたロボットみたいな言葉なら、かけない方がマシ……

この数日間の自分を反省した。「ただいま」も「おかえり」も、
しっかり魂を込めていこう。言霊(ことだま)って言うものね。

営業部長サマ 


久しぶりの懸賞当選!
500mlのウーロン茶ペットボトル、1ケース(24本入り)。
でも企業対象の懸賞だったため、ずむ君の仕事先に送られてきたと
いうもので、ウーロン茶はずむ君実家へもおすそわけした。



「部署名が必須項目になっていたから営業部にしといた」と、ずむ君。
ホントだ……「営業部ずむ様宛」になっている……!
家族経営の自営業だから、「部」も「課」もないわけで、その
実情を知る者にとって、「営業部」は違和感ありすぎておかしい。

「営業部長、お飲み物はウーロン茶でよろしいでしょうか?」と、
言ってあげようかな、ウーロン茶が無くなるまでの間は。

黄緑から滴る 


私の傘は、黄緑色。10年近く前、グリーン系にハマっていた頃に
買ったものなので、年季が入って色あせてきている。
信号待ちの間、傘から滴る雫が面白くて撮ってみた。
後で拡大してみたら、雫の中に向こう側の建物が逆さまに、くっきり
映りこんでいた。雫を形成しているのはほんの一瞬。肉眼では
とらえられないものでも、写真なら気付けるなんて、不思議。



木の葉っぱからも雫がポタポタ。
同じ黄緑色から滴る雫でも、こっちの方が“生命”を感じる。


緑は父が好きな色で、昭和時代の実家では車も洗濯機も緑色だった。
色のバリエーションが少なかった時代では、珍しかったのではないか
と思う。小学校高学年で買ってもらった私の自転車も緑色だったが、
父の影響を受けていたのは間違いない。緑色はティーンウケする色
ではないようだしネ、今も昔も……

好みは別れても、アマガエル色の黄緑は、6月によく似合うと思う。

9時半の雲と花 


朝一番の用事を済ませた帰り道。時間はまだ9時半。
いわし雲の仲間なのか。肋骨のような細長い雲が並んでいた。



民家の塀に沿って、アジサイが花をつけていた。
舞妓さんの髪飾りのような丸い形のアジサイは、祖母の家の庭にも
咲いていた。子供だった私は、アジサイよりもカタツムリに夢中で、
アジサイから引き剥がしたカタツムリを、縁側で這わせて面白がった
記憶がある。今日見たアジサイに、カタツムリの気配はなかった
けれど、最後にカタツムリを見たのはいつのことだろう?

るーとは花を見つけると、そっと花びらをなでる。
その小さな手の動きは、うっとり見とれるほど蝶そのもの。
雲が肋骨に見えたかと思えば、子の手が蝶に見え……もしこれで
心理テストをしたならば、良からぬ結果が出そうな気がする。

アジサイは、“紫陽花”と漢字で書いた方が好きだけれど、
カタツムリは“蝸牛”より、仮名の方が好きだ。
“蝸”が“禍(わざわい)”を思わせて、どうも好きになれない。

石コロの真実 


夕方の誰もいない小さな公園の滑り台で、小石を転がして遊んだ。
昔ながらの“子供サイズ”の滑り台で、大人が上ると不自然に
感じる。きゅうくつだけれど、小石を転がすぐらいなら問題ない。

落ちていく先が見える場合は、ためらいなく小石を手放すことが
できる。小さい頃から苦手なのは、見えない先に小石を落とすこと。

溝の隙間に石をポトーン……
井戸の中へ石をポトーン……
池の中へ、川の中へ、海の中へ石をポトーン……

「きっともう、この石はこの場所へは戻って来れない」
それが恐ろしくて恐ろしくて。おかしな話だけれど、大人になった
今でも泣きそうになるぐらい怖い。
困ったことに、最近になってるーとが「石ポトーン」をやり始めた。
私の目の前で、川の中へ石をポトーン……。ヒ、ヒ~~~~ッ……
子供の楽しみなのはわかる。隙間に石を落としたらどうなる?そんな
好奇心もわかる。どっちが遠くへ飛ばせるか、石投げしよう!そんな
遊びもわかる。わかるけど……ダメ。ダメなのだ。
幽霊も妖怪も、現代科学では解明できない何タラも、怖いと
思わない、どちらかというと石の心臓に近い可愛げのない私が、
石の人生(石生?)を変えるのだけは怖い!そんな恐怖症ってある?

滑り台からコロコロ石を落としながら、「あ~~~、ここが滑り台で
よかった」と安堵している私の心は、誰にも読み切れないだろう。
「子供と楽しそうに遊んでいるお母さん」、通行人の目にはそう
映っているに違いない。……人の心は複雑ですなぁ。

予告見舞い 


一昨日、母が差し入れしてくれたのが、この果物の山。
「先月末、ゆんちゃんの誕生日だったでしょう。でもゆんちゃん1人
にあげるより、みんなで食べられるものの方が嬉しいだろうと思って
果物をいろいろ持って来たの。4、5日は楽しめるでしょ~♪」

これ、誕生日プレゼントなの!?わが母ながら、驚いた人だ。
今日の時点で、バナナ1本・ブドウ・チェリー・マンゴーは
美味しく頂きました。母上様、ありがとう。(※私信)


ただ……昨日、一昨日あたりから、精神的に非常に滅入っていて、
ブログ更新どころでなく、もう、HPもブログもやめたい、自分
なんか消えてしまったらいいのに、そう思うほどに落ちていた。
ちょこっと持ち直したので、こうしてパソコンに向かってみたのだ
けれど、この病人への見舞いのような果物の山を見ていると、
母が私の心の風邪を見越して持ってきたような、そんな気がした。
「ね、この果物、ブログのネタにもなるでしょう?」
「消えたいなんて言わないでよ、さびしいわ」
言ってる言ってる。母の声で、果物たちが、言ってる言ってる……

頑張り方がわからないから、頑張れない。
頑張れないけど、あきらめない。今はそれが精一杯の回復。

ワッフルランチ 


午前中、実家の母が遊びに来ていて、お昼に石焼ビビンバを作って
もてなすつもりだった。でも、午後一番の用事があるので、お昼
ご飯は軽めでいいという。そこで思いついたのが、近所のカフェ!
ログハウスの洒落たカフェなのだけれど、もう4、5年はご無沙汰
していて、美味しいと評判のワッフルも、食べたことがなかった。



母と私とるーとと3人、カフェで軽くワッフルランチに。
焼きたてなので、注文してから出てくるまでが時間がかかる。
イチゴやブルーベリーなどの、フルーツソースをのせていただく。
さすが、焼きたてホヤホヤ!さっくりとした歯ざわりがいい。
見る見るうちに溶けていくバニラアイスを、たっぷりからませても
美味しい。今度は甘いものが大好きな、ずむ君も一緒に来よう♪
ワッフル2枚にフルーツソースと好きな飲み物がついて600円台なら、
年に1、2度味わってもいいプチ贅沢ではないかしら。(by主婦算盤)

切り株の力 


ジャングルのようだがジャングルにあらず、ここは近所の公園。
大人並に歩行速度が上がったるーとは、油断していると姿が見えなく
なるほど先に進んでしまい、慌てて後から追いかけることが増えた。
そして、るーとはいろんなものを見つける。「たーたん、アリが
いるよー!」「おっきい石あるよー!」「たーたん、これ何だぁ?」



去年の暮れあたりに、根元からバッサリと切られた公園内の樹木。
「たーたん、見て、穴開いてるよー」と、切断面を指差している。
本当だね…もう死んでしまったんだね……と痛々しい姿の切り株を
覗き込むと、根元付近から枝が伸びてきていることに気が付いた。
「死んでへんわ!生きてるわ!ほらほら、葉っぱが出てる!」

アスファルトの隙間から大根が生えたニュースなどは、あまりスゴイ
と感じなかった私だが、こういう植物の強さには素直に感動できる。
勝手に植えられ、勝手に切られた受け身だけのように思えた木の、
意思を感じる。この状態から、どのように大きくなるつもりか
わからないけど、頑張れ、頑張れ……
身勝手な人間のうちの1人だけれど、応援させて。
そしてまた、頑張っているところを、私たちに見せて。

いつも公園からの帰り道はくたびれ半分になっているけれど、今日は
足取り軽く帰り着くことができた。これも、切り株の力のおかげ。

こだわりの男 


「また歯磨き粉を買うの忘れました。ミニ歯磨き粉でもいいですか?
嫌なら帰りに買ってきてください」と、仕事終了間近のずむ君に
メールを打った。すぐに返信が来て、「ミニは嫌なので買って帰り
ます」と……。思わずプククと笑ってしまった。こだわり男だな~!
そして彼は、「安かったから♪」と嬉しそうに3箱も買って来た。

ずむ君は普段の生活ではこだわりが多いほうではない。
でも、歯磨き粉だけはサンスターの「G・U・M(ガム)」でないと
ダメだと言う。で、結婚以来、歯磨き粉には何のこだわりを持たない
私は、ずむ君に合わせ、ずっとガムを使ってきていた。
買い置きを忘れて切らしてしまい、ホテルのアメニティグッズの持ち
帰りの中にあったミニ歯磨き粉で間に合わそうとしたのだけれど、
どうにもこうにも、これでは我慢できなくなったらしい。

極端なこだわりは迷惑なだけだが、こんな小さなこだわりは、むしろ
可愛らしいと思う。「なんでもええわ」「勝手に選んで」ばかりでは
付き合ってるこっちも楽しくない。…私のこだわりって何だろう?

優しさの配分 


毎朝、ヨーグルトを食べている。
フルーツソースをかけて、ブルーベリーをのせて……
ブルーベリーのトッピング係は、かれこれ半年ほどるーとが担当。
彼はブドウやブルーベリーが大好きで、全てを「ぶどう」と混同呼び
していたのが、ようやく「ブルベリ」と区別できるようになった。

るーとが取り分けると、るーとと私の比率は4:3になる。
自分の方が、ちょこっとだけ多い、という配分。そんなに好きなら
微妙な4:3じゃなく、2:1でも3:1でもいいのに……と
思うが、2歳児なりの優しさなのだろう、私のブルーベリーが極端に
減らされることはない。時々、パクパクと一気に食べ終えてしまい、
手付かずで残っている私のブルーベリーをうらめしそうに見つめ、
「たーたぁぁぁん!るーとくんのブルベリなくなっちゃったぁぁぁ」
と涙ながらに訴えることがあるが、これが何ともいじらしくて。
「いいよ、私のあげるよ」と数粒追加してやることもしばしば。

「ぼくが大好きなブルーベリーだけど、たーたん(お母さん)も
食べて」こんな気持ちが、何とも嬉しい。
毎朝、るーとにブルーベリーを分配してもらうことで、一日の始まり
を心穏やかでいさせてもらっている。息子よ、明日もよろしくね。

家族共通趣味 


「要らない電車のオモチャ(模型)があるから、いかが?」
友人のご主人は、某鉄道会社の運転士をしている。
自身を「鉄道マニアではなく、鉄道好きだ」と称している、こだわり
の鉄道ファンでもある。自宅のコレクションルームには、妻や子にも
触らせない秘蔵品もあるという。(す、すごい……見たい……)

お誘いを二つ返事で受け、宝塚の友人宅まで引き取りに行った。
残念ながら、“鉄道好きの運転士さん”は仕事で不在だったため、
詳しい話は聞けなかったが、こんなにたくさんもらってしまった。
「るーと君が知ってそうな電車が載ってるから」と鉄道雑誌や
カタログまでつけてくれて。キャー、ありがとうございます(T▽T)
友人には「えっ、なんで、ゆんちゃんが喜んでるの?」と驚かれた。



↑出されたジュースやお菓子も「いらん!」と一喝し、夢中になって
遊ぶ、息子るーと。「将来、運転士さんになる?」と聞くと
「るーとくんは~、成田エチュプ(エクスプレス)の後ろに乗る人
(車掌さん)なの~」だって。えらく具体的な希望だなー!



帰りに新御堂を走っている時、地下鉄と並走。
こんなのはよくある光景で、2、3年前の私なら、写真なんて撮らな
かった。今は乗り物を見ると、反射的にカメラに手が伸びる。
こんな時、私って変わったよな~とつくづく感じる。

私もずむ君もるーとも、電車一年生から同時に始めた、これが
何よりの楽しさの素になっていると思う。もしずむ君が鉄道に関する
うんちくがすごかったら?私は今のように気持ちが乗れなかったに
違いない。皆で同時に覚えていく、知らないことは教えあう、そして
2歳児のるーとレベルを越えないように鉄道知識を増やしていく、
これがなんとも言えず楽しくて!
いつまで続くかわからない“家族共通趣味”だが、限りがあっても
いいと思う。「皆で電車に夢中になってた時があったね。電車グッズ
をもらえると聞いて、いそいそと出かけて行ったりして…フフフ」
と、今日のことを懐かしく思い返す日が来るに違いない。

ひとまず、一日でも長く“家族共通趣味”を楽しめるようにしたい。
「無理だ~これ以上電車の名前を覚えられな~い!」という、悲しい
脱落だけは避けたい。私の脳が一番空きスペースがなさそうだなぁ…

大阪城の御足元 


雨天やら体調不良やらで延び延びになっていた“大阪城攻め”、
本日敢行!外濠より中に入ったのは、10年ぶりぐらい。
おそらく、会社の花見が最後だったのではないかと……
近くで石垣を見ていると「よう積んだなー」と、ため息が出る。
クレーンなんかの重機が無かった時代、神業としか思えない。
クリスタルタワーに、黒い影として映りこんでいるのは、天守閣だ。



平日だが週末のせいか、観光客が多い。
それも、アジア系のお姉ちゃんグループ率が高い。
皆ノリノリで写真を撮っているので、なんとなく釣られて、
るーとを殿様姿で撮ってみた。(本人もヤル気十分・笑)
お姫様が空席なので、恋人募集中の若殿ってところかな。

「5,000年後の人たちに今日の姿を伝えようという主旨で造られ、
埋められたタイムカプセル」……ええっ!?1970年の万博の時に
埋められたものだったの???もう40年近く経つなんて。
幼少の頃は、この近くに住んでいたこともあり、何度も訪れていた。
中学校の頃も部活の関係で時々来ていた。でも、タイムカプセルの
ことは全く記憶にない。(何でだろ~う、何でだろ~う…)
「5,000年後」は「日本」とか「国」とか、そういう単位は残っている
のだろうか。人類は進化したり退化したりで、別物になっていたりしな
いだろうか。5,000円、5,000人なら思考は止まらないが、「5,000年」
となるとダメだ。想像の膨らませ方さえわからない。



大改修が終わってから、ここまで間近で天守閣を見たのは初めて。
だいぶイメージが変わったように思う。あっさり、のっぺりした印象
だったが、メリハリがついた。金の虎なんて絶対なかったし。
そうか、これが“大阪の城”か……
生憎の時間切れと体力切れで、天守閣へ上るのは諦めた。
城はいつでもあるのだから、またの機会にゆっくりと。




スタッフの勧誘がすごかったロードトレインに乗ることに。
「もうすぐ赤い汽車も来るよ!黒と赤が2台並ぶことなんか、滅多に
ないから、是非写真撮ってって!」「汽笛鳴らしてあげるわ!」
「汽車の前に乗って写真どうぞ」「皆さん一緒に写真撮りますよ~!」
子供がいるからだろうけど、サービス満点オーバー気味(笑)



どこで乗り降りしても一律大人200円なので、桜門前から大手門前まで
の全区間、20分弱を乗った。(2歳以下は無料、3歳以上100円)
駆け足程度の速度で走るので、無理なく車窓の景色を追うことが
できる。吹き抜ける風が気持ちよく、うっとり昼寝気分に……



公園の南から西にかけて、清潔感あるオシャレな公園に整備されて
いて驚いた。これなら、汽車もスイスイ走れるってもんだわ!
大阪市の中心部は、どんどん変化している。5年、10年遠ざかるだけで
軽く浦島太郎化する。必死に流れについていく必要はないけれど、
いろんなモノが動かされている大阪の中枢部、「最近、どないなって
んの?」と、時々は見て知っておくべきかも。財力のある殿様が、
自身の城の補修や、城下の公園を整備したわけではないのだし。
公園に隣接する、目を見張るほど立派な建設中の建物、大阪府警察
本部庁舎を遠巻きに眺めて思った。(完成したら見に行こう…)
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