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落ち着きました 

今年、マンション管理組合の理事長をしております。(夫でなく私が)
そして、7月から9月までの3ヵ月間……
私の身の回りで「こんな人間(しかも複数)が存在するのか!?」と思うようなヒドイ事が続きました。
並行するように、一般の感覚では理解不可能で猟奇的な事件が報道されていますが、「ああいう人は身近にも潜んでいる!」と確信を持てる出来事でした。

一時、しんどさのあまりめちゃくちゃ痩せましたし、精神的に危険な領域に踏み入れかけましたし、道で倒れて救急車で運ばれるという事態にも陥ってしまいました。ハッキリ言って、慰謝料取れるほどの迷惑をこうむっているのですが、先方にはゴメンのゴの字もありません。あちらにとって私の存在そのものが「悪」であり、言葉の最後は決まって「出るとこ出るぞ!」と、弁護士だの裁判だのをくっつけて来ます。
いっそ訴えてくれた方が、第三者の裁きを受けられるため(しかも勝敗は目に見えている)こちらとしては楽なのですが、訴える訴えると言うだけで実行に移す気配は微塵もありませんでした。
世に聞く“恫喝”とは、こういうことを差すんだなぁと。

で、まあ、イロイロとありまして……
(詳細に触れられないのが残念ですが、日本のマンション史上初かもしれないというぐらいの出来事が含まれました)

10月に入って「元の生活に戻れそう」との兆しが見え、11月は「平穏」を噛みしめています。またそのうちモンスター達が動き出すかもしれませんが、一連の出来事で強烈な体験と勉強をしていますので、ダメージを回避しながら賢く対応できそうです。

そんな中で良かったこともありました。
顔も知らない人、挨拶しか交わさない人……そんなご近所さんの中に、知り合いがたくさん出来ました。
「大変ですけど頑張ってください」「応援してるから、負けたらアカンよ!」
揉め事の渦中にいる私に、日々多くの声をかけてくれました。
モンスターと同じ土俵に上がらず、冷静に対応していたのが功を奏したようです。
(現場に立ち会った人には、よく怒らないね!と驚かれましたが、心中はものすごいマグマが渦巻いていました。それはもう自分の毒素でおかしくなりそうなぐらい…)

大人と認められて20年ほど経ちますが、大先輩であるはずの60、70歳の中には、信じられない社会感覚で生活している人もいます。一連の出来事を通して、“年の重ね方”についても考えさせられました。

普通の日々が幸せであること、平穏な時間の流れが癒しのそのものであること。もう二度と見たくない“夏の悪夢”ではありましたが、今日の日があって本当に良かったと思います。

……ブログから消えかけていたのはそういうわけでした。
日常のほっこり感を記せるように、ペースを取り戻していきたいです。
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更新滞り中 

息子が風邪をひき、月曜日から休学……
皆勤の夢、やぶれたり。
明日は終業式。週末はクリスマス。
そして、最後の一週間を駆け抜けたらお正月。
ぎょっえええ~~~~。

お久しぶりで… 

お久しぶりでございます。
もう何年も更新をしていない感覚になっております。

地震当日、関西の当方では物的被害はなかったのですが、6年愛用していたノートパソコンが起動しなくなりました。地震との因果関係は不明ですが、地震の前は確かに動いていたのです。
膨大なデータを詰め込んだまま、ウンともスンとも言わなくなったパソコンを前に茫然自失。(恐ろしいことに、半年以上バックアップを取っておらず。……や、や、やっちまったーっ)
被災地の被害の大きさもショックで、卒園式前後の数日間は、魂が抜けたように過ごしておりました。

データ復旧会社にパソコンを預けて見積もりを依頼したところ、4万円を超えた金額で、データ復旧ができるとの診断をもらいました。
物入りのこの時期に、4万円。パソコンは壊れたままで、思い出(データ)を取り出す代金が、4万。……。
被災地で失われた多くのもの、それを思えば、半年ほどのデータを惜しむことが申し訳なく思え、バックアップを怠った罰として、思い出(データ)を諦めべきだと思う方に心がグラリ。そこで蘇る、数々のシーン。あの時のあの場面、今後私ひとりの心の中でしか再現できないのか。取り出し不可能ならいざ知らず、取り出せると分かったものをみすみす諦めていいのか?と別方向にグラリ。

貧血、めまい。自分の精神の弱さに、およよよよ……泣けました。

結局、データ復旧の依頼はキャンセルし、「ハードディスが壊れていなければ、取り出せると思う」と言う実家の弟に頼むことにしました。
パソコンを託して数十分、「あ、いけるね」とサラリと回答。「DVDかメモリースティックにコピーして渡すわ。え?お礼?そんなんいいって」……!!!三十年以上、姉弟をやってきて、弟を心底ハグしたいと思ったのは初めてでした。
今までパソコンの表面しか触れてきませんでしたが、もう少し踏み込んで知識を得たいとも思いました。

ノートパソコンの修理代(マザーボードの交換)・使用年数(6年)を考えて、痛い出費ではありましたが、デスクトップパソコンを購入しました。
嘘みたいにサクサク動いてくれるのは良いのですが、慣れないワイド画面の左右が無駄に思えてなりません。生協のネット注文で、注文書の見開きを表示する際、スクロール不要でラクをしましたが、それ以外での効果は得ておりません。テレビ・ビデオのためのワイド…ですよね。当面パソコンでテレビを見るつもりはないので接続はしていませんが、せっかくブルーレイに対応しているので(我が家初のブルーレイ!)、一度くらいは借りるなりして何かを観てみたいと思います。

桜を見上げるのが楽みな4月。変化が待ち受ける月ですが、どっしりと構えていきたいです。ガンバレ!ガンバロ!

小さな秘密 

私たちは「出かけない家族」だと、義父には思われている(笑)

と言うのも、父の日の今日、義姉一家と合同でランチ会を開いて。
その時に、正月明けからの写真(孫のるーとがメイン)を20枚ほど
プリントアウトしてプレゼントをしたのだけれど、それを見た義父が
「へ~、お前ら、結構出かけてるんやないか」と言った。
外出先での写真は3、4枚しか混ぜていなかったのに。

「お前らはあんまり出かけへんのやろ?○○(義姉)んとこは
しょっちゅう家を空けとるようやけど。なんや、友達とバーベキュー
だの何だのと……」と、義父が以前そんな話をしたことがあった。
「たまには休みの時に、るーとをどっかに連れてってやれよ」とも。
毎日仕事で義父母と顔を合わせているずむ君だけれど、
私事はほとんど話していないらしい。(必要最低連絡事項だけ)
違うことを言われても「めんどくさいし、ええねん、ええねん」と、
肯定もしない代わりに否定もしない。
小さな誤解は、小さな誤解のままに……そんな感じ。

ネット環境が無いずむ君実家には、このブログのことは話して
いない。将来ネットをつなげることがあっても、公にすることは
ないと思う。見られてものすごく困るようなことはないけれど、
今までのように、気楽には続けていけない気がするから。

でも、時々思う。
このブログを見せたら、ぶったまげるだろうなーと。
「ず…ずむッ、お前、料理すんのかッ!???」なーんて(笑)
義父母は、息子であるずむ君が、台所に立つ(立てる)男だなんて
これっぽっちも思ってないのだから……
「言わんでええからな」とずむ君に釘を刺されているから秘密に
しているけれど、バラした時のことを想像するのは楽しい。
毒にならない小さな秘密なら、ひとつやふたつあった方が、
バランスよく人間関係を続けられるように思う。

丸ごと大丈夫 

昼間、母から電話がかかってきた。
母の仕事場から。手を休めた時にかけてくれたらしい。
「月曜日のブログを読んでね……」
あっ、るーとが幼稚園に復帰できなかった、あの話か!
時々母もブログを読んでいることを知っていたけれど、こうして
改めて話題に出されると、“母の受け止め方”が気になった。
孫のるーとの丸ごとを可愛がってくれている母。
幼稚園が嫌だ、私と離れたくないという、るーとの気持ちに
沿え切れなかった私の態度に、心を痛めていやしないだろうか。
「あれ読んでから、胸のあたりがきゅっと痛くてね……」
あ、やっぱり!いつになくトーンが下がっている母の口調に、
無意識に「ごめんね」と謝っていた。

「ううん。わかるのよ。どっちの気持ちもわかるのよ。
幼稚園に行けなかったるーとくんと手をつなぎながらモヤモヤして
いるゆんちゃんの気持ちも、ただお母さんと一緒にいたいだけで、
にっこり笑って欲しいというるーとくんの気持ちも。どっちも
わかりすぎるほどわかってしまって、胸が痛いのよ……」

私が結婚して家を離れるまでは、母とはケンカやすれ違いが
多かった。世の中の母娘全てが、姉妹のように仲が良いわけでは
ない。仕方がない、母とはそういう関係しか持てないのだから、
そう諦めている私がいた。
今では、母との物理的な距離が、私にとって心地よい近さと
なっている。時々メールや電話をする。ブログでこちらの様子を
知ってもらっている。(子育てブログの方では、日々のるーとの
写真も見てもらっているので) 会うのは月に1度か2度ほど。
るーとが産まれて4年近く経つ。
母は、その間、一度も私の育児に口を挟んだことがない。
「これはこうするものよ」「そんなことしたらダメよ」などとは、
一切言わない。ふとした時に「あなた、るーとくんのことを
よく見ていて、いい子育てしてるなぁと思って見てるのよ」と、
笑って言うだけ。どこがどう“いい子育て”なのかはわからない
けれど、そんな母の言葉は、私にとってとてつもなく大きい。

その昔、子供時代を生きた人。その後、3人の子供を育てた人。
今では孫がいる人。その母が、私を否定することを言わない。
いいんだって。これでいいんだって。母の顔をしている私の日々
は、これでいいだって。そう思うと、ふうっと力が抜ける。
「丸ごと大丈夫」
10代20代、事あるごとに衝突ばかりしていた母が、今では
私に触れない距離から、見えない手で包んでくれている……
それを感じている時、私は子供の顔に戻っているかもしれない。
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